【愛犬ジンの死】2018.7.25


熱中症が騒がれている暑い夏の今日、我が家の愛犬ジンも熱中症なのかは不明ですが、息を引き取りました。14歳9ヶ月の命でした。
2003年10月10日、ポコの息子として我が家で生まれ、どこへ行くわけでもなくずっと我が家の家族の一員としてここで生きてきました。

この家で生まれ、この家で生涯を送ったのはジンだけです。ポコが元気だった時にも殿様気分で、自分がずっと偉いんだというよう顔をして、時にはポコの餌までみんな食べてしまい、丸々と太ってしまったことさえありました。

でもポコにちゃんと躾を受け、ポコ亡き後は、立派に家を守ってきてくれました。

ところが今年の1月に急に倒れてから、家の中での生活が始まりました。
一惻性何やらという病気で、めまいがしてしまい、家の中で時には庭で、反時計回りに周り続けていました。

倒れた頃はぐったりしてもう死ぬかと思ったほどでしたが、体を支えてストローで水を飲ませ、スプーンで食事を与え続けました。体は徐々に回復して立てるようになりました。
その後家の中で転げ回る日々が続きました。そのうち徐々に落ち着き、散歩もできるまでに回復したのです。奇跡的な回復でした。

ところが猛暑が続いた今期の夏はジンにも応えたようでした。
調子が悪いのか散歩途中で倒れてみたり、外でうんちした後に倒れたりで、クーラーの効いた家の中で横になったり、扇風機の風を向けたりして暑さをしのいできました。

それも限界だったのか、今朝は寝ていて手足に痙攣を起こし、さすってやって少し収まったと思っていたら、その後わずかな声を出して頭を後ろに反らせ、大きく息をしてから、頭を元の位置に横たえました。

休んでいるのかと思って周辺の汚れものを片付けていた時にふとジンに目をやると、普段は呼吸に合わせて上下する胸が動いて見えるのですが、その時にはすでに上下しているようには見えず、その時初めてジンが息を引き取っていたことに気づきました。

静かに眠るようにして逝ってしまい、大きく息をした後の死の瞬間にその場にいたのに、それが死とは気づきませんでした。
あっけない死で、その時は涙も出ませんでした。

ジンの体がまだ暖かく、手足も動かせば動くので、死んでいるとはとても思えないのです。
汚れた敷物を片付け、体が柔らかいうちに段ボール箱を2つ組み合わせて棺を作りました。白いシーツを敷いてジンを抱っこして箱に入れてやりました。眠っているような顔をしているので、ただ休んでいるようでした。

早めに葬祭場に電話して予約を取りました。今日はダメだけれど明日は空いているとのことで、10時半からの火葬をお願いしました。
役場にも行き、亡くなったことを報告しました。

夫が仕事でしたのでメールで連絡をしたのですが、手続きは初めて全部一人でやりました。2年前のポコの時には夫がやってくれたので、私はポコの側についていれば良かったのですが、今回初めて全部の手続きを自分だけでやったのです。夫がいることの有り難さを今になって実感しました。

ドライアイスのお店をインターネットで調べたのですが見つからず、1店舗に電話すると、冷凍食品を買えば小さなドライアイスをつけることもできるが、販売はしていないとのこと。仕方ないので冷蔵庫の氷全部を袋に入れ、お腹の前と上に置きました。さらに1リットルのペットボトルに水を入れて凍らせ、それを先ほどお腹の前や上に置きました。

普段通りの生活をしているのですが、生まれた時のこと、家の中で親子で過ごした時のこと、愛らしい仕草や笑顔を思い出すのです。
動くとくるくる回る音がしたので、すぐジンのいる側に目を向けることができたのですが、今は音もなく、目をやっても笑顔のジンがこちらを見てくれません。

口を開けて笑っているような顔が目に浮かび、明日火葬だというのに、まだ実感がわかないのです。
メールを送った娘からも電話があり、経緯を伝えました。娘が入退院を繰り返していた頃に生まれたジンですので、彼女にとっても大事な家族の一員でした。散歩したり、ご飯をやったり、様々な面で世話をし、一緒に遊びました。

明日も夫が仕事なので、朝のうちにジンの棺を夫と車に乗せ、夫を送ってから車で火葬場に行ってきます。
庭に咲くバラやユリの花をいっぱい棺に入れてやろうと思います。

聖書に動物の復活についての記述はありませんが、聖書は人間のために人間に向けて書かれたものなので、動物の命のことが書かれていなくても仕方ないこと、創造者は動物一匹一匹のことも忘れないで覚えていてくれるだろうことなど、夫と話しました。

家族に可愛がられ、その家族に忠実に支え続けて亡くなったすべての生き物たちを神が記憶に残し、然るべき時に再創造してくださったらどんなに嬉しいか。願わくば、人間の復活のように動物たちにも復活を与えて欲しいと願わずにはいられません。

せめて親でもある私の脳裏に、家族として一緒に歩んできたポコやジン、そしてその前に家にいたキュロス、小鳥たちの笑顔が、いつまでも残り続けますように。
最後に「ジンちゃん、ありがとうね」。