【愛犬ポコの死】2016.11.8


愛犬のポコが6日の夜に亡くなり、今日、火葬となりました。2000年3月19日、我が家にもらわれて来てから、16年9ヶ月という長い犬生でした。家族に慕われ、子犬のジンを出産して育て、最後まで忠実で泣き言も言わない良いワンちゃんでした。家族に見守られながら、穏やかに息を引き取りました。

鎖につながれることなく、家の周りは自由に走り回っていました。時々エネルギー余ってフェンスをよじ登って脱走し、彼氏に会いに行っていたので、3歳の時にジンが誕生したのです。

ジンを出産してからのポコは、誰に教わった訳でもないのに、ちゃんと立派に子育てをしました。人間の親でさえ我が子の子育て放棄をするような時代に、ポコは小さな子犬の面倒をしっかり見るのです。ポコは、子犬に愛情をたっぷり注ぎ、しかも幼年期の子犬に排泄の仕方を教え、毅然とした態度で叱ることもありました。そんな子育ての姿をずっとも見てきました。人間以上のものを持っているように感じたほどです。

ジンは、私たち人間も可愛さのあまりに抱っこしたり、寒い冬はポコと一緒に家の中に入れたりしていましたので、外に出しても、家の中ばかり見ているようなワンちゃんでした。

しかしポコの関心は外にあり、夜中に不審な人物がいたからなのか、あるいはキツネなどの小動物がいたからなのか、時々吠えまくっていました。近所の方が黙らせて欲しいと夜中に言って来たこともありました。それほど外の不審者、あるいは小動物に関心が向き、家を守ろうとしていたのです。

そんなポコも、年老いてからはそんな元気がなくなりました。
毎年夏に、池田町松川村合同で花火大会をやるのですが、ポコは雷も花火も、大きな音が大嫌いで、いつも車庫の出窓の下のわずかな隙間に潜り込んで耳を塞いで丸くなっているのです。今年は家の軒下で丸くなっていたと思うのですが、翌日、腰が抜けたように立てなくなりました。

歩けないのは3日ほどである程度回復したようでしたが、16歳という年齢には勝てないものもあるのでしょう。それからポコの具合が徐々に悪くなっていきました。

そんなことがあったので、夏休みで帰省していた娘と一緒に、突貫工事で家の壁から2メートルほどの長さの屋根を作ってあげました。家の前ならどこで倒れても雨に濡れないで良いようにとの娘の配慮でした。青いビニールシートを買ってきて、使わなかくなった洗濯の物干し台を柱に、物干し竿や家にあった材木を垂木に使い、一時しのぎのテラスができました。もともと洗濯物干し台にプラ板を乗っけて、犬小屋にかけていたのですが、屋根はそれの数倍の広い面積となりました。

シートの屋根で一時しのぎでしたが、台風の風にもへっちゃらでした。ブルーシートはいかんせ見っともないと、夫は、3、4年持てば良いからテラスを作ろうと、設計を私に委ねてきました。

私は車庫裏の物置の図面を書いたこともありましたので、ポコやジンのために、建築確認申請のいらない大きさの範囲で、図面を書きました。名ばかりのテラスなどと言っても、やっぱり大きな犬小屋です。柱と屋根だけで、壁はないのですが、一方は自宅の壁、もう一方は車庫の壁もありますので、多少は寒さもしのげると思いますし、もともと犬1匹が入れる小屋もある訳ですので、壁は作らないことにしました。
屋根の高さは自宅の屋根に合わせましたので、かなりの高さがあり、非常に開放的な感じです。

夫は柱や材木を買ってきて、自分で作ると言って聞かなかったのですが、屋根が歪むと見っともないからと説得し、夫の友人の大工さんにある程度のところはお願いしました。

ポコとジンは、家で何が始まるのか、非常に不安そうでしたが、完成してからは、雨の日でも水滴をしのげる大きな屋根の下でくつろぐことができるようになり、徐々に慣れてきました。

ポコは、やっとの思いで立ち上がり、何とか頑張って車庫裏の畑で排泄をしようと歩くのですが、秋になるとその力も徐々に衰えてきて、庭での排泄が目立つようになりました。

そんなふうに年老いていく母親を見るジンは、何かを感じ取っていたのでしょうが、意味が分からなかったのかもしれません。ポコが全く元気が無くなってからは、ジンが家の外に関心を示し始め、警戒を怠らないように守ってくれるようになりました。

ポコは最後にはもう歩く力もなくなり、食べることもできなくなり、ついに6日の夜、息を引き取りました。

聖書に犬の復活についての記述はありませんが、子犬の食卓についての記述から考えると、創造者は犬1匹でも暖かくっ見守っていてくれるのだろうと思えるのです。考えることも喜びも楽しみももはや無くなってしまいましたが、苦痛ももはやありません。それだけは有難いなと思えるのです。永遠の眠りについたポコのことも、創造者が覚えていてくれたらと、祈るばかりです。願わくば、もう一度元気なポコと一緒に生活したい。午後の火葬を前にしてそんな気持ちになるのです。
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