【春になるとついつい会いたくなる岳の恋人クモマツマキチョウ:長野県北アルプス】2017.03.10

もうすぐ春ですね。暖かくなるのが待ち遠しいと思っておられる方も多いのではないかと思います。そんな皆さんに、今回はこんな可憐なチョウをご紹介しますね。オレンジ色の翅を持ち、愛好家の皆さんを魅了し続けている山岳のチョウ。クモマツマキチョウと言います。

なんだか「クモマツマキチョウ」って、とっても言いにくい名前ですよね。覚えるのにも一苦労すると、よく聞きます。そのために、愛好家の皆さんは長い名前を省略して「クモマツマキ」とか「クモツキ」と呼んでいます。英語の名前で「オレンジチップ」と呼ぶ人もいます。「雲間・褄・黄・蝶」と覚えたら、覚えやすいでしょうか?

たくさんの名前や愛称を持つクモマツマキチョウは、愛好家の皆さんお一人お一人にとっては「岳(やま:北アルプスや南アルプスを想定していますので、あえて「やま」と言います)の恋人」のような存在なんです。このチョウが生息する山で出会う多くの皆さんにとっては「夢にまで見て、出会うのを待ち焦がれる」そんな存在なんですって。びっくりでしょう。でもお会いした多くの皆さんと山で会話をすると、そう言うお返事が時々返ってくるのです。

このチョウに初めて山で出会う皆さんにとって、きっと出会ったと言うだけでもう感激してしまって、恋人のような存在になってしまうと思うんです。

何度も山に通いたくなるような皆さんは、きっとそうだと思います。

またまた、理屈言い出すときりがありませんが、山といっても高い山だけにいる訳ではないって。実はそうなんです。一部の産地は標高が低く、山岳とはとても言えないような場所にもこのチョウは生息しています。高山チョウとは言っても、厳密に言えば高山にもいますけれど、もっとずっと低い山にもいます。

さて、私が近年北アルプスで撮影してきた、いくつかの写真をご紹介しますね。

クモマツマキチョウは、ギフチョウやヒメギフチョウが北アルプスの山裾から姿を消す頃に発生します。「まだギフチョウもヒメギフチョウもいるよ」って?

そうですね。厳格なチョウ屋さんはそうおっしゃるのもごもっともです。厳密に言えばそう言うところも実際にありますし、クモマツマキチョウの頃にヒメギフチョウが舞っていることもあります。

あまり細かいことにはこだわりたくありませんが、本当に小さくって可憐なチョウなので、このチョウの発生を心待ちにしている皆さんは、このチョウが発生する時期には、平地でボロボロの翅になってしまったギフチョウやヒメギフチョウを追いかけるよりも、きっと産地を変えて北アルプスや南アルプスのこのチョウの産地に向かわれるような気がします。違いますか?

そう言う皆さんが一斉に産地に集中しますので、1頭のクモマツマキチョウを追いかけて、大きなカメラを持った大勢の皆さんが、あっちにもこっちにもたくさん集まるんです。実際被写体になるチョウは1、2頭に対して、カメラマンさんは一箇所に10人ほどいます。あなたもその一人でしたか。でしたら、どこかでお会いしていそうですね。

クモマツマキチョウはスミレの花が大好きです。スミレの花の大きさを見てくだされば分かると思いますが、この写真のチョウよりも、実際のチョウはさらに小さいんですよ。一枚の翅の大きさがスミレの花くらいでしょうか。

なので、カメラマンさんたちが集中したその先にこのチョウがいても、接写ではまず撮影できません。カメラ同士がぶつかってしまうからです。そんな状況を想像しただけでおかしくなってしまうと思いますが、産地ではお互いに愛を示しながら撮影しますので、レンズ同士がぶつかり合ったり、被写体の中に他の人のレンズが入り込むと言うこともまずありません。

ほら、お日様に当たって、スミレの蜜をいっぱい吸って、嬉しそうに翅を開いてくれました。オレンジ色の翅の中に黒い斑紋が一つ見えるでしょう。この形が北アルプスと南アルプスでは違うそうなんです。北アルプスが丸くって、南アルプスは細長い三日月みたいなかっこをしているようで、近年は北アルプスと南アルプスはそれぞれ亜種区分されています。

ところで、クモマツマキチョウのお気に入りの花は、スミレだけではないんですよ。

タンポポの蜜も大好きです。タンポポの花で吸蜜していると、保護色のようになり、気付きにくいですね。こうしたオレンジ色の翅を持っているのは、実はオスだけなんです。メスは後でご紹介しますね。

ほら、クモマツマキチョウが舞って来ましたよ。今度は何の花でしょう?

この花に止まるかしらね?

う〜ん、もうちょっと。

狙いを定めて。

これは自分が幼虫だった時に食べていたと同じ種類の植物なんです。幼虫だった一年も前のこと覚えているかしら?

味や香りのことちゃんと覚えていて、オスもこうして来るのかしらね?

クモマツマキチョウを見ていると、さらに面白いことに気づきます。まるで花を巡回しているかのように、産地のあちこちを定期的に回っているんです。

なので、一回クモマツマキチョウが蜜を吸ったお気に入りの花があれば、そこで私たちが待っていれば、数分後にまた来てくれるんです。

でも、ついついチョウを追いかけて動きたくなってしまいますよね。

この花を見ていただけますか。アブラナ科の植物で、白い花弁は4枚あり、これはミヤマハタザオです。似たような花でも、いくつも種類がありますので、一概にミヤマハタザオとは断言できません。でもこの花の蜜は、クモマツマキチョウのお気に入りのようですね。

ほーら、今度はメスがやって来ましたよ。

メスは翅にオレンジ色がないですね。櫛形みたいに、翅の縁からの黒い線が内側に向かって伸び、内側ではつながっていますね。ちょっと変わった模様ですね。

メスの後ろの翅の裏側は、オスの後翅の裏の模様とよく似ていますね。唐草模様って表現する方もいらっしゃいますが、春のチョウなので、私はあえて若草模様って言っています。そんな名前の模様はないって?またまた、厳格なチョウ屋さんじゃないので、模様の名前は自己表現でいきましょう。

櫛形の模様がはっきり分かりますか?

メスの前の翅には、モンシロチョウみたいな小さな斑紋が一つあります。モンシロチョウとは、翅の先端の模様と、翅の裏の模様で区別できます。

大きさも、飛び方も違うって?はいはい、厳格なチョウ屋さんはそう言うことにいちいちうるさいですね。でもそう言うことあまり気にしなくて構いません。それよりも産地でこのチョウを見つけた時の喜びは、キャベツ畑のモンシロチョウを見つけた時の喜びの何十倍、いえいえ何百倍もの喜びがあるので、理屈はともかく、カメラを向けてみてください。写っていればそれだけでラッキーなんですから。

美味しそうに蜜を吸っていますね。お腹いっぱい甘い蜜を吸って、たくさん卵を産んでほしいですね。

下の画像は、羽化したてのようなメスに出会った時に撮影したものです。

翅が非常にきれいでしたが、飛び方がとっても弱々しくって、今にも倒れてしまいそうでした。

そんなメスが、枯れかけたフキの花に止まったんです。

吸蜜と言うよりも、むしろ体を休めたかったのでしょうね。

メスだって、翅を開くと、こんなに素敵なんですよ。

このメスも、お休みモードみたいですね。

ゆっくり休んでくださいね。

こちらのオスもお休みモードみたいです。花もないコゴミのような植物に止まって、翅を閉じてしまいました。

はい、おやすみなさい。

と言うことで、北アルプス山麓から、岳の恋人クモマツマキチョウのご紹介でした。

ところで、どうでしたか?あなたもクモマツマキチョウを岳の恋人にしたくなりましたか?でしたら、ぜひカメラと登山計画書(長野県HP 外部リンク https://www.pref.nagano.lg.jp/kankoki/smartphone/tozankeikakusho.html)を持って、産地へ出かけてみてください。くれぐれも捕虫網やプラスチックケースなんかは、絶対にご持参にならないようにしてくださいね。小さな無抵抗の恋人に会うのに、当然三角紙も三角缶も、殺傷道具も不要ですよね。

時々、卵のついた食草や、食草それ自体が産地から消え去るのですが、そう言う行為も恋人には大変失礼ですよね。だって食草無くして幼虫は現地で育たないんですから。自分の家で育てたいと思われても、長野県はどこに行っても無許可での採集は禁止されているんです。卵も幼虫もそうなんですよ。

誰だって大好きな恋人は心から愛しますよね。小さければなおさら守りたいとか、大事にしたいと思うのが優しさですよね。皆さんもお父さんやお母さんから大事にされ、愛されて育ったに違いありません。その愛をちょっぴりチョウたちに分けてあげてください。そうっと暖かい気持ちで見守ってくださるだけでいいんです。

山に住むものは山で生きていてこそ美しいと思いませんか。生きているからこそ、皆さんの恋人になれると思いませんか。来年も再来年も、毎年、毎年、会いに行きたいと思いませんか?

生きて、羽ばたいたり、蜜を吸ったり、草の上で眠ったり、異性を追いかけているチョウたちを見て、愛おしいと思いませんか?吸蜜しているチョウたちをじっくり見ているのと、死んで動かなくなったチョウたちを見つめているのとでは、感動が違いませんか?どちらがあなたの心を癒してくれますか?何にうっとりしますか?チョウたちが生きているからこそ、あなたの心に新鮮な感動を与えてくれるのではないでしょうか?

今年もまた、暖かい気持ちの皆さんと、山でお会いできることを楽しみにしています。

クモマツマキチョウ Anthocharis cardamines (Linnaeus, 1758)

・長野県指定文化財 長野県天然記念物 全県 1975(昭和50)年2月24日指定

http://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/bunsho/bunka/rekishi/bunkazai.html > 県指定天然記念物 73番目(長野県ホームページより2018..3.10現在)

http://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/bunsho/bunka/rekishi/documents/15ken-tennenkinenbutu.pdf

◎ クモマツマキチョウ南アルプス八ヶ岳連峰亜種 Anthocharis cardamines hayashii Fujioka, 1970

・長野県指定文化財 長野県天然記念物 全県 1975(昭和50)年2月24日指定

http://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/bunsho/bunka/rekishi/bunkazai.html > 県指定天然記念物 73番目(長野県ホームページより2018..3.10現在)

http://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/bunsho/bunka/rekishi/documents/15ken-tennenkinenbutu.pdf

・長野県指定希少野生動植物 種指定 2006年(平成18年)3月30日指定

https://www.pref.nagano.lg.jp/shizenhogo/kurashi/shizen/hogo/kisyoyasei/jorei/jorei-kisyosyu.html (長野県ホームページより2018..3.10現在)

https://www.pref.nagano.lg.jp/shizenhogo/kurashi/shizen/hogo/kisyoyasei/jorei/documents/h28kisyoupamphlet.pdf(長野県ホームページより2018..3.10現在)

https://www.pref.nagano.lg.jp/shizenhogo/kurashi/shizen/hogo/kisyoyasei/jorei/documents/h28musekiktui.pdf (長野県ホームページより2018..3.10現在)

https://www.pref.nagano.lg.jp/shizenhogo/kurashi/shizen/hogo/kisyoyasei/jorei/documents/musekitui.pdf (画像:長野県ホームページより2018..3.10現在)

・環境省レッドデータブック2017:準絶滅危惧(NT)

・長野県版レッドデータブック2015:絶滅危惧Ⅱ類(VU)

◎ クモマツマキチョウ北アルプス・戸隠亜種 Anthocharis cardamines isshikii Matsumura, 1925

・長野県指定文化財 長野県天然記念物 全県 1975(昭和50)年2月24日指定

http://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/bunsho/bunka/rekishi/bunkazai.html > 県指定天然記念物 73番目(長野県ホームページより2018..3.10現在)

http://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/bunsho/bunka/rekishi/documents/15ken-tennenkinenbutu.pdf

・長野県 希少野性動植物保護条例 2016年(平成28年)4月25日指定

http://www.pref.nagano.lg.jp/kokai/kensei/kenpo/h28/h2804/documents/kokuji20160425.pdf (長野県報告示第278号3、4ページ)(長野県ホームページより2018..3.10現在)

https://www.pref.nagano.lg.jp/shizenhogo/kurashi/shizen/hogo/kisyoyasei/jorei/jorei-kisyosyu.html (長野県ホームページより2018..3.10現在)

https://www.pref.nagano.lg.jp/shizenhogo/kurashi/shizen/hogo/kisyoyasei/jorei/documents/h28kisyoupamphlet.pdf(長野県ホームページより2018..3.10現在)

https://www.pref.nagano.lg.jp/shizenhogo/kurashi/shizen/hogo/kisyoyasei/jorei/documents/h28musekiktui.pdf (長野県ホームページより2018..3.10現在)

・環境省レッドデータブック2017:準絶滅危惧(NT)

・長野県版レッドデータブック2015:準絶滅危惧(NT)